「武力による紛争解決」の危険性を醸成

                             2021年5月15日発行 №440

 


                                     訪米して日米首脳会談の後、バイデン大統領と共同記者会見に臨む菅首相(左/4月17日)


《巻頭言》

軍事で国民守れるか?

   台湾問題で中国を挑発日米共同声明

 

 さる41518日、菅義偉首相が訪米し、バイデン米新大統領と初の日米首脳会談をおこない、17日に日米共同声明を発表した。

 

この声明は、日米同盟を「インド太平洋地域、そして世界全体の平和と安全の礎」として「新たにする」と宣言し、「困難を増す安全保障環境に即して抑止力及び対処力を強化し、サイバー及び宇宙を含むすべての領域を横断する防衛協力を深化させ」「拡大抑止を強化」すると述べている。

そのために日本側は、辺野古新基地や馬毛島への新基地建設の約束履行をはじめ、「自らの防衛力を強化する」決意表明を盛り込んだ。

 

重要なことは、この声明が日中国交正常化前の1969年以来52年ぶりに「台湾問題」に触れたことだ。「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」し、中国の「威圧の行使を含む」行動への「懸念を共有」することを明記している。先に述べた日米「防衛協力の深化」は、この「懸念」が現実化、つまり「台湾有事」が発生したとき、米軍の中国に対する軍事行動に武力行使を含めた自衛隊の対米協力を約束したに等しい。中国側は当然にも「内政干渉だ」「日米の押しつけは許さない」と、猛烈な反発を示した。まさに危険極まりない「声明」なのだ。

 

確かに、昨今の中国の内政・外交について、香港民主化運動への弾圧やウイグル族への漢民族同化政策、さらには南シナ海での傍若無人な領海拡大・軍事施設の建設強行、台湾への恫喝など、習近平指導部の強権的・強圧的・反民主主義的な振る舞いに違和感や批判を強めている人々も数知れない。

 

しかし、だからといって、日本がアメリカと軍事的にも一体化して中国と対峙する道を選ぶという選択が正しいわけでは全くない。軍事的対決の道は、いつ何時、偶発的な衝突を引き起こすかわからないし、それが導火線となって大規模な戦争へと向かうかもしれない、非常に危険な道なのだ。

 

安倍晋三政権時代の2015年に強行した安保法制で集団的自衛権の「一部解禁」が強行され、その後、米艦防護活動など、自衛隊と米軍が一体化する訓練が既に常態化しているなか、「台湾有事」でも勃発すれば、米インド・太平洋軍の指揮下に組み込まれた自衛隊が、自動的に対中武力行使へと駆り立てられる危険性も排除できない。

 

国内では、中国の国産空母の配備問題や尖閣諸島周辺への「領海侵犯」事件の続発、海警艦艇への武器使用解禁など、中国軍の危険な行動をたびたび強調する報道の一方、それを口実とした護衛艦の空母化、長射程の「スタンドオフ」ミサイルの開発・整備をやり、沖縄本島から南西諸島の軍事基地化をおしすすめているのだ。

中国を一方的に非難する資格が日本側にあるのか、甚だ疑問だ。

 

 

 こうした「軍事的対決」が国民にとって極めて危険だということは、明治維新以降の日本の近代史、またアジア太平洋戦争の経験を引き合いに出すまでもない。軍事力で国民の命と生活は守れない。今も、コロナ禍にあえぐ国民の生活は、「軍事力」で守られているか? 何兆円ものムダな軍事費は国民救済に回すべきだろう。                                             (編集部N