国会前で連日抗議行動を続けた若者と熟年世代(2015年6〜9月)


No.393 首相、自衛隊認知の改憲、2020年強行を表明


姑息な猿知恵改憲論

 

 今年5月3日は、日本国憲法が施行されて70年になる記念の日だった。よりによって、まさにその日に安倍晋三首相は、「自衛隊を憲法に位置づける憲法改正を東京オリンピックの年、2020年までに行いたい」との意向を、極右組織・日本会議の集会へのビデオメッセージで表明した。

 

 首相にまずいいたいのは、公務員の憲法尊重・擁護義務を定めた憲法99条を読み直せ、ということだ。どう書いてあるか? 「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」。

 首相は、もしかして自分は「公務員ではない」とでも思っているのか? これほど、あからさまな憲法違反の言動を平気でおこなうのだから。そうでなければ、森友・加計学園問題に示される「政府私物化」とでも言うべき振る舞いに見られるように、自分が国民の公僕たる公務員だという自覚が一切ないに違いない。警察・検察は、このようなあからさまな憲法違反事例をなぜ放置するのか? 即刻、逮捕すべきだ。法治国家を自認するなら、そうするのが筋というものだろう。

 それはさておき、安倍晋三の「自衛隊認知改憲論」のことだ。

 安倍晋三にとって、最近相次ぐ北朝鮮ミサイル発射実験は恰好の宣伝材料にちがいない。それを逆手にとり、国民に危機感を煽り立てれば、自衛隊の活動にかけられていたこれまでの制限など、突破するのは容易だと考えたのだろう。朝鮮半島海域に向かう米艦船の自衛艦による防護もそのいい例だ。

 しかし、「平和憲法」を愛する国民の中に今も根強くある自衛隊活動への懸念、とりわけその武力行使や戦争行為への懸念、さらには自衛隊の「存在そのものへの疑問」に対して、いちいち弁解する手間が省けて、一挙に「解決」する事ができる一番の早道がある。それは、憲法そのものに自衛隊認知を書き込むことだ。

 

 「幸いなこと」に、この間、とくに2011年の「3・11」東日本大震災・福島原発大震災など、自然災害救助活動における自衛隊員の献身的な活動が多くの国民から賞賛され支持されてきた「実績」もある。「違憲の疑い」などで自衛隊員を「日陰者」にしておくのは忍びない――そう考える国民も少なくはない。いまこそ自衛隊を憲法的存在として広く認知させるチャンスだ――、しかも、改憲反対論者の中にも「個別的自衛権行使だけなら容認できる」と考えるものもいて、その賛否をめぐり野党の分裂を促進する効果も期待できる――、誰の「入れ知恵」かは分からないが、安倍晋三の頭はそうした「悪知恵」、「猿知恵」でいっぱいになっているのだろう。「改憲を断行した初めての首相」という「名誉」、「レジェンド」を歴史に刻みたいのに違いない。

 

 「戦争放棄・戦力不保持を規定した9条1項、2項は残して、3項に自衛隊を書き込むだけだから、これまでとたいして違いはない」――「自衛隊認知改憲論」者はそういう。ここに大きな落とし穴があるのだ。憲法論の専門家はいう。法律的には「後法は前法を廃棄する」という原則があり、「前項の規定にもかかわらず」という一句を書き込めば、前項は事実上、廃棄することができる、と。ということは、9条3項に自衛隊を位置づければ、「前項」たる「戦争放棄・戦力不保持」そのものを無効化できるのだ。

「猿知恵」に惑わされてはならない。

                                                (編集部N)