ロシアのウクライナ侵略と日本国憲法

                                2022年05月15日発行 №452

 


             ロシア軍の砲爆撃で破壊・炎上するアゾフスターリ製鉄所(上)/改憲策動を糾弾する5・3憲法集会(東京・有明)


《巻頭言》

ウクライナ危機と火事場泥棒

 

この53日、日本国憲法が施行されてから75回目の記念日を迎えた。この2年、コロナ化で中止されていたが、今年3年ぶりに東京・有明防災公園で大規模な憲法集会が開かれ、約1万5000人が参加した(表紙写真参照)。

 

ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに改憲派が憲法9条の「改正」論を声高に叫ぶなか、「専守防衛」を旨とする戦後日本の「防衛政策」を露骨に攻撃、「敵基地攻撃能力の保有」論さえ「当然視」するような風潮も生まれている。集会では「残念ながら9条は戦後最大の危機を迎えている」(大江京子弁護士)との危機感も表明されたが、上智大の中野晃一教授は「戦争を防ぐには抑止力と、先に攻めるつもりがないというメッセージが重要」で「9条をなくせば抑止力に頼るしかなくなり、無限の軍拡につながる」、「9条を守ることが安全保障につながる」と強調して、改憲論を鋭く批判した。

 

このたびのロシアによるウクライナ侵攻は、第二次世界大戦後の世界秩序を根底から揺るがし、「力による国境線の変更」を、ほかでもなく国連安保理常任理事国が公然と押しすすめたという点で、それまでの「紛争」とは画期をなす。「自国の領土や権益の無法な拡張」は「侵略戦争」と呼ぶほかなく、いかなる理由をつけようとも到底、合理化できるものではない。正義にもとるものだ。ロシアは即刻停戦し、自国の軍隊を国境線内に引き揚るべきだ。

 

われわれ日本人にとって、今、最も警戒すべきなのは、こうしたロシアの、不法なウクライナ侵攻の危機に乗じて「火事場泥棒」的ふるまいを強める「改憲論」だろう。その最たるものは、安倍晋三元首相らが主張する「敵基地攻撃能力の保有」論や「日米核兵器共有」論だ。しかし、わずか数年前、故郷・山口県の温泉地に他でもないプーチン大統領を招待して「ウラジミル・シンゾー」の緊密な関係を誇示していたのが安倍晋三首相(当時)その人だったことを忘れるわけにはいかない。シンゾーはこのことに一切口を噤んでいるが、その相手が今やウクライナや同国への援助を強める「西側」に「核兵器使用の脅し」をかけているのだ。

 

ところで、ロシアのウクライナ侵攻を機に、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を規定した日本国憲法9条の平和主義を「お花畑」的な「超楽観論」だと攻撃する論調が今更ながら、強まっているが、内田樹氏が興味深い論考を提示しているので、以下、若干、紹介したい〈<憲法が「空語」で何が悪い>『週刊 金曜日』4・29、5・06合併号 №1375〉。

 

彼は言う。「憲法というのは『そこに書かれていることが実現するように現実を変成してゆく』ための手引きであって、目の前にある現実をそのまま転写したものではない」。「フランスの人権宣言もアメリカの独立宣言も…どれもその時代においてはまったく現実的ではないことが書かれている」が、そこには起草者の強い願望が込められている。「例えば、アメリカの独立宣言には『万人は生まれながらにして平等である』と書かれている。

だがそう『宣言』されてから奴隷制は86年続き、『公民権法』が施行されるまで188年を要し、BLM運動はこの『宣言』が『空語』であることを証明した」。

「しかしだからと言って『万民は生まれながらにして平等ではない』という独立時点での『現実』をそのまま受け入れてそう宣言に書き込んでいたら、アメリカ合衆国は今のような国にはなっていなかっただろう」。

 

日本国憲法9条2項と自衛隊の存在の齟齬についても同様だという。重要な指摘だと思う。                   (編集部N)