2019年4月15日発行



No.415「改元」-「時の支配」というアナクロニズム


《巻頭言》 

 

 ●新元号=令和とは……?

 

 4月1日、「平成」天皇退位を月末に控えて「次代」の新元号が発表された。「令和」(れいわ)と言うそうな。

 

 昭和天皇の死去に伴う「昭和」から「平成」への改元時、筆者もよく覚えているが、昭和天皇の病状が日々悪化していくなか、やれ「ご下血された」云々といった、どうでもいい報道が日々新聞紙面を覆い、日本全土で「歌舞音曲の自粛」が強要され、それに異議を唱えるものは「非国民」扱いされかねない雰囲気が醸し出されていた。

 それに比べれば、「平成」から「令和」への改元騒動は、安倍晋三首相とその取り巻き連中による「政治ショウ」以外のなにものでもなかった。

 

 発表に際した記者会見で安倍首相は、「令和」という元号は初めて国書である「万葉集」を典拠とし、中国古典からではないことを強調、「我が国の悠久の歴史、薫り高い文化、そして四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へ引き継いでいくべきだ」――などと「美しい日本」を強調、「改元」問題とは全く関係のない長広舌もふるって悦に入る様子は、異様としかいいようのないものだった。「『令和』という元号はオレが決めたものだ」と言わんばかりの「アベシンゾー政治ショウ」を見せつけられる方はたまったものではなかった。

 

 それはさておき、この「元号」というものは、一体何なのか?

 中国哲学者の水上雅晴氏(中央大学教授)は次のように指摘する。「中国から入ってきた考え方であり、制度だ。中国では統治者が正しい時を人民に知らせることによって、生活の安寧や農作業の指針を与え、支配者である正当性を示すという観念があった。最初は暦だったが、古代王朝・漢の時代に入って新たに年号という文化的な装置が生まれた」(『朝日』4月2日)――。皇帝による「時の支配」を具現する文化的装置だったのだ。

 

 この新元号「令和」が発表されるとマスメディアは、「響きがいい」とか「新時代を予感させる」といった「庶民」の受け止めを書きたてて「改元ショウアップ」に一役も二役も買ったが、そもそも、その新元号にこめられた意味がどういうものなのか、立ち止まってよく考える必要があるだろう。

 

 まず「令」の字だ。新版・漢語林(大修館書店)によれば、カンムリの「人」「一」は、「集める」という意味とも、頭上に戴く冠の象形ともいう。その下の部分は人が跪く形を示す。それで人がひざまずいて神意を聞くさまから、「言いつける」の意味を表す、という。また、「令」には上から下へ指図する命令の令と、命令を聞く民がきちんと並ぶ様から「姿、形がよい」の2つの意味があると、加納喜光(茨城大学名誉教授)氏は指摘する(同上)。

 

 ここから推測するに、「令和」というのは権力者の命令に従ってきちんと整列した民草が、反抗もせずに「和して」いる様――とでもいえようか。

 まさに「天下の大宰相」アベシンゾー閣下のお好みの元号と言えるだろう。            (編集部N)